今年から始まった「国民生殖健康定期健診」
——通称「国生健(こくせいけん)」。
少子化危機が限界を迎えた政府が、強行導入した制度だ。
対象は満26歳以上の女性(妊婦を除く)だが、全ての女性が対象となるわけではなく、無作為に抽出された女性が対象となる。
対象となった女性には5年間の任期が設定され、協力費用として毎年100万円を超える協力金が支払われが、秘密保持として、検査の内容や結果を含めて口外することが厳しく禁止されている。
ネットやSNSでは「女性の身体を国家管理するな」「強制出産政策だ」「プライバシーの侵害だ」と猛烈な反発が起きた。国会では野党議員が連日追及し、女性団体が国会前で大規模デモを繰り返した。「自分の体は自分で決める権利がある」「こんな強制的な検査は憲法違反だ」という声が飛び交い、署名運動は100万人を超えた。
それでも「国家存続のための最低限の措置」として、今年度から全国一斉に実施されることになった。罰則は初回で50万円、2回目で100万円+職場への通告がされる。拒否は現実的に不可能だった。
会社では、健診の日には有給休暇が自動的に付与されるルールが設けられていて、総務部で働いている私はその手続きを担当したこともあったが、自分が対象になるなんて、想像もしていなかった。
私はその抽選で選ばれてしまった。ある日突然、対象通知が届いたのだ。半年に一度の義務受診のお知らせ——それが私の日常を一変させた。
私は29歳、中小企業の総務部に勤めるごく普通のOL。
名前は佐藤美咲。入社7年目、課長補佐として給与計算や社内イベントの企画を担当している。
結婚も出産もまだ考えていない。毎日定時に上がって、週末は友達とカフェに行ったり、Netflixで海外ドラマを見たり……そんな平凡で穏やかな日常が大好きだった。
そんな私が、対象通知が届き、初めての「国生健」を受けることになった。
通知書と一緒に届いた案内には、「処置と検査は強い刺激を伴うものも含まれるため、健康上の制約が無ければ、精神的な負担が軽減される”麻酔あり”での受診をおすすめします。」と書いてあった。
ネットの体験談でも「覚醒下は地獄」「麻酔あり一択」という声が多かったが、処置の具体的な内容については全員にかなり厳密な秘密保持が求められていることもあり、ネットではあまり詳細な情報が見つからなかった。予約画面でコースを選ぶとき、私は震える指で「静脈鎮静法(麻酔ありコース)」を選んだ。追加費用などは掛からない。女性の心理に配慮された処置——はずだった。「これで少しは楽になるかも……」と自分を言い聞かせたが、不安は消えなかった。
朝の光がカーテン越しに部屋に差し込む。私は鏡の前でシンプルなブラウスとスカートに着替えながら、ため息をついた。「本当に……行かなきゃいけないんだ……」昨夜はほとんど眠れなかった。スマホで「国生健 体験談」と検索しては、女性たちの書き込みを何度も読み返した。ネットではあまり具体的な処置の情報がない前提で、曖昧な恐怖だけが募っていた。
【パート2へ続く】
